三船のブログ

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『図書館の魔女(上・下)』の感想

前に一度この本の感想を書いたものの、読み返してみると言いたいことを言いきれていなかったのでまた書く。大きなネタバレは書かないように配慮したが、未読者は読まない方が良いかもしれない。

 

2015年1月下旬、私は言語学の、入門というか軽めの本を読むべく、Amazonで「言語学」のキーワードで検索をかけた。すると、意外にも小説がこの検索にかかった。その本のあらすじにはこうあった。

 

鍛冶の里に生まれ育った少年キリヒトは、王宮の命により、史上最古の図書館に暮らす「高い塔の魔女」マツリカに仕えることになる。古今の書物を繙き、数多の言語を操って策を巡らせるがゆえ、「魔女」と恐れられる彼女は、自分の声をもたないうら若き少女だった―。

 

私はこのあらすじを見、著者が言語学者であることを知り、世界観が好みであること、言語をテーマにした話であること、そしてこの話は言語に対して生半可な扱いをしてはいないであろうことから本書の予約に至った。

 

この話の特筆すべき点は世界構築の抜かりなさである。自然環境・人種・衣服・建築様式・政治機構・言語・食などどれも地の文で詳細に述べられており、架空世界を読者が明瞭に想像することを可能にしている。しかし用いられる語彙、特に建築分野のものが私にはかなり難しく思われ、情景が浮かびづらい描写も多かった。建物等に関しては挿絵を挟めばずっと読みやすくなるだろう。

こうは書いたものの、総合的な文章力は申し分なく高い。単一の文でいえば最も優れていると思ったのはやはり「僻遠に煙り立つ」…の一節。

 

世界設定の詳述による硬さもあれば、人間模様の俗らしさもあってメリハリが効いている。この話の二大主人公は少年と(美)少女であり、やりとりのライトな印象に加え、それぞれの主義主張がはっきりしている点が登場人物への好感を与えているように思われる。

メフィスト2010VOL.3の巻末座談会ではW氏は「あくまで架空世界そのものを表現したいのであって、登場人物の成長や冒険譚は二の次なのかなと思ってしまいました」と述べているが、主人公二人の人格への危惧が示されていたり(上巻p.353,501-502)、マツリカとキリヒトの「新しい言葉」の特訓、非戦を説く司書の直ぐなる思い、他国の兵の救出、図書館の魔女のキリヒトへの願い…言語をテーマにした話ととびついたものの、読み終えてみれば骨子にはしっかりと「若い登場人物達の成長」が据えてあることに気づいた。そしてこの物語を特徴づける、言語をはじめとする知恵が付随する。また下巻の大部分は敵国への遠征に費やされており、動きの面でも十分見応えがある。

強いて不要に思われる点を挙げるならマツリカが左利きであり、それゆえに鏡文字を書くという設定。下巻までの時点ではこの設定は不可欠なものではない。筆者が「まだお話は始まったばかり」と言っているから、今後活かされるのかな…(と書いたが、マツリカの利き手による指話をキリヒトの利き手が受ける、という構図を自然なものにするための設定なのだと後から思った。)

 

魔術、魔法と口にするたびに、高い塔の魔女のご機嫌を損ねますよ、技官殿。図書館の魔女は令聞に反して怪力乱神、魔導の業を厭うておられる……

 

「ちょっと待ってください、では魔導書と呼ばれ、禁書とされるものが、いずれもそうした出鱈目な付加価値を僭称した駄本だというのですか」

――そうだよ。

ファンタジーなのに非現実的現象を否定しているのが面白い。なるほど「ファンタジー界を革新する大作」の文言(単行本版上巻帯に記載)に偽りはない。魔導書批判の章などは本筋ではないのだが、非常に興味深く読ませてもらった。これも本書の「メリハリ」のなせる業だろう。同じ内容を論説調の文で読むよりずっと面白い。著者のブログ記事によるとその後聖書批評が続くはずだったとか。なんてこった、死ぬほど読みたい。

またこの章は関心の湧く内容なだけでなく、登場人物の個性を掘り下げる役割も担っている。本筋から離れた日常パートは、このように世界観やキャラクターの魅力をより引き出す上で大切だと思う。この章を本筋と無関係であり不要と評価する感想も見受けられたが、むしろここがこの物語の本領なのだと思う。言語に関する知恵で難局を切り抜ける見せ場はあるが、この章が無いと建物としての図書館の存在が薄くなってしまう。ゆえに「図書館」で「本」の話を繰り広げるこの章は舞台のバランスを鑑みても重要である。

 

この小説が原語で味わえるのだから自分の母語が日本語でよかった、と思わせてくれるほどの出来。言葉だけでなく、著者のあらゆる文化への敬愛を感じる名著である。

 

図書館の魔女(上)

図書館の魔女(上)

 

 

 

図書館の魔女(下)

図書館の魔女(下)