三船のブログ

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『図書館の魔女』における片仮名ルビ

『図書館の魔女』には片仮名のルビが多数登場する。英語なら比較的調べやすいが、フランス語やラテン語のうち英語圏に浸透していないものに関しては学修経験がないと調べるのが困難だ。そこで、十分な心得があるとは言いがたいが、私の方で調べづらいと思われるルビを解説してみる。ラテン語の意味やマクロンの有無はLEXICON羅和辞典<改訂版>を参考にしている。

<上巻>

表紙 これはルビではないが、羅語で dē sortiāriā bibliothēcae とある(この記事ではマクロンを補っている)。

dē(~について)はかかる名詞(この場合 sortiāria)を奪格にして従えるので、(LEXICONには掲載がないのだが)sortiāria(魔女)を女性名詞で最もメジャーな第一変化名詞と仮定すると、その奪格形 sortiāriā が従っていると考えられる。

dē は日本語の題「図書館の魔女」と対応しない語だが、ラテン語の書物には dē から始まる題が多い。

bibliothēcae は bibliothēca(図書館)の属格形。

p.35 御焼き(ドー)

英語の dough から。

p.44 書見台(ピュピトル)

仏語の pupitre から。仏語では u はウではなくユと発音する。語末の e は発音しないので、re を仮名に音写するとルとなる。

p.45,46 魔法使い(ソルシエ)・魔女(ソルシエール)

共に仏語の sorcier・sorcière より。このように男性形に e を添えて女性形となるものは多い。それにより男性形の語末の子音が女性形では発音されるようになる。また仏語の ci により近い仮名はスィ(シはchi)だが、この表記はあまり本邦で受容されておらず本作でもソル「シ」エとなっている。

p.71 主(メトレス)・爾後(イアムインデ)

「主」は仏語の maîtresse より。マツリカ様のことを指しているので男性形 maître(メトル)ではなく女性形となっている。

「爾後」は羅語の jam inde より。jam は「目下」、inde は「その時から」。

 p.76 姫様(ソナルテッス)

仏語、Son Altesse(常に語頭のSとAを大文字で書くらしい)。son は所有形容詞。altesse「殿下」が女性名詞なので sa の形を選びたくなるが、修飾する対象(altesse)が母音から始まるので性に関係なく son となる。さらに、アンシェヌマンという発音規則によって、読み方はソン・アルテッスではなくソナルテッスとなる(要は最後の子音と直後の母音が合体する)。

なぜ尊称の前に所有形容詞を付けるのかというと、位の高い人を呼ぶときに直接的な言い方を避けるというのがおそらく本質。ソナルテッスはこちらのツイートのおかげで解明することができました。

 モト田中さん、ありがとうございました。

p.118 洞(グロッタ)

p.120 発音(アクサン)

仏語、accent。綴りは英語のものと同じだが、例によって語末の子音は発音されない。

p.142 薬師(パルマキー)

ギリシア語由来の言葉で、ラテン文字で表記すると pharmacī となる。これは本書にあるように複数形である(単数形は pharmacus)。ちなみにLEXICONで pharmacus を引くと訳には「毒殺者」のみが載っている。

p.159 失地回復者(レコンクィシストル)

LEXICONに reconciliātor が「(男性の)回復する者・調停者」の意味で載っているが、これは片仮名ならレコンキリアートルとでも書くところ、近いが同一とは言えない。即ち不明。ラテン語ではないのかも。

p.162 台座(ソークル)

仏語、socle。

p.174 評釈(コマンテール)

仏語、commentaire。

p.217,239 公用語(ラティナ)・島嶼方言(グラエカ)

それぞれ羅語で Latīna(ラテン語)・Graeca(ギリシャ語)から。「言語」を意味する lingua が女性名詞なのでこれに形容詞 Latīnus の性が一致して lingua Latīna(ローマ帝国の言語)、さらに形容詞のみが単独でも名詞として用いられるようになってルビ通り「ラティナ」がラテン語を意味するようになったのだろう。

p.230 舞踊(パドゥドゥ)

仏語、pas de deux。直訳すると「二人のステップ」。広辞苑六版にも「パドドゥー」として載っている。

p.241 句切れ(カエスーラ)・長長脚(スポンデイオス)

「句切れ」はラテン語の caesūra。

「長長脚」はギリシア語の σπονδεῖος

p.247,264 常設市,市場(スーク)

アラビア語سوق。「スーク」の「ク」は k よりも喉の奥から出す音。アラビア語なので右から読もう。

p.247,263 泉の広場(フォールム・フォンターヌム)

羅語、forum fontānum。forum が広場、fontānum が泉の。forum は英語発音のフォーラムとして本邦にも浸透している語で、羅語発音を普通に音写すればフォルムのはずだが、フォンターヌムとの語呂を考えてフォールムとしたのだろうか。(と書いたが、マクロンの有無について統一的な見解がない語もあるのだろう。)

p.261 通潤橋(ディアベートーイ)

不明。

p.263 泉(フォーンス)

羅語、fons。

p.267 正面(ファサード

仏語、façade。

p.268 八折り(オクターウゥム)・十六折り(セクストデキムゥム)

「八折り」は羅語、octāvum から。「八」の序数詞 octāvus の中性形である。octāvus には「8分の1の」という意味もあるので、性の一致から考えるに中性名詞 papyrum(本来は y にマクロンが付く)でも補って papyrum octāvum「8分の1に折られたパピルス紙」と解釈すればよいのだろうか。

「十六折り」は同様に考えると sextusdecimum(セクストゥスデキムゥム)であり本編のルビとやや異なるのも不明点。

p.273,287 敷石(パヴェ)

仏語、pavé。paver(舗装する)の過去分詞なので元々は「舗装された」の意だが、これも名詞扱いとなった。

p.401 穀物商組合(コレギウム)

羅語、collēgium。

p.416,635 暗殺者(アササン)

仏語、assassin。「アサシン」ではない。よく見るとアササンと書いてある。誤植かな?否、おフランス読みである。

p.423 軍旗(シグヌム)

羅語、signum。

p.428 様式(スティル)

仏語、style。「スタイル」のフランス語読みである。

p.432 箱(コントゥヌ)

p.442 窓口(コントワール)

仏語、comptoir。

p.478 宣言日(カランドリエ

仏語、calendrier。作中では月の第一日のことと思われる。

p.490 範列(パラディグム)

仏語、paradigme。

p.545 鬼(オルクス)

羅語、Orcus。ローマ神話に登場する冥府の神の名。

 

2016/11/18 p.71 爾後(イアムインデ)の項を修正、p.478 宣言日(カランドリエ),p.490 範列(パラディグム),p.545 鬼(オルクス)の項を追加

2018/3/30 表紙の sortiaria を sortiāria に変更

2020/1/11 p.76 姫様(ソナルテッス)の項を加筆、p.247,263 泉の広場(フォールム・フォンターヌム)の項を修正

2020/8/9 p.35 御焼き(ドー)の項を記入